珈琲

11月11日生まれの女に電話をした。昔、18歳だった女は45歳の母になっていた。娘の年齢が昔の女のそれを超えている。
昔、男は19歳だった。当時としては普通に貧乏学生で、毎月、食うに困る時期がやってくる生活だったが、コーヒーを切らすことはほとんどなかった。インスタントではなくて豆だった。「マンデリンがいいね」などと小生意気なことを言ったりしていた。
電話の向こうで女は言った。
「コーヒーフィルターあるでしょ。あれの折り曲げ方を教えてもらったのはアナタよ。コーヒーを入れるときに、ついつい思い出しているのよ」。
加川良の鎮静剤(原詩:ローランサン・訳詞:堀口大学)が浮かんできた。♪~もっと哀れなのは忘れられた女です で終わる唄。
男は忘れられることは、たぶんないのだろう。
男は朝、冷蔵庫のあまり野菜でさっさと浅漬けなどを作って、手際よく朝ご飯の支度をしていた女の姿を思い出していた。
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